地図の改訂進捗報告

地図の更新情報をこちらに記しています。
2005年に作られた6-2訂版を、現在6-3訂版に改訂中です。
改訂のポイントはこちら「空想地図を描き直す」をご覧ください。

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↑2012年以降の更新情報はこちらをご覧ください↑


2011/10/09

なかなか地図を更新できずにおりました。
言い訳をすれば、色々やることはある訳ですが…何よりも、地図を作っていないと地理人は地理人ではない!という訳で一念発起(言い過ぎか…)、地図を描き進めてみました。

2005年版の地図で最も修正したかったエリアの1つ、中ノ宮・玉津地区。平川の東側、雄貝川の対岸です。「中ノ宮」という地名からも、平地には古くから人が住んでいることが伺えますが、この地域は傾斜も多く、中村電鉄の沿線開発で比較的早い時期に住宅地となった地域です。

また、歴史ある大学(鏡反大学)が比較的早い時期(1950年頃)に新キャンパスを開設し、学園都市としても発展してきました(※この要素は2011年改訂で判明)。沿線開発による傾斜地の住宅地造成と、弘陰学院大学(開設当時は女子大)の移転は同時に行われ、そのことが、学園都市であり住宅地である中ノ宮・玉津地区の発展へとつながりました。高級住宅地ではありませんが、それなりに知名度のある人気の街として、付加価値の高い住宅地になっています。

2005年版では、その表現が多少わざとらしく、平川(都心)至近にしてはキレイに整備されすぎていた(或いは人口密度が少ない)ため、人口密度が高く、上記のように複数のストーリーが交わってできた街並みを現実的に成り立つ形で表現するため、以下のように改訂しました。

但し、上記の条件を描くことが難しく、描き直しは今回で3回目でしたが、今回、やっと納得のいく測量(描画)結果が得られました。この道路網に、町丁目や施設等を加えて地図ができていきます。

また、備忘録として、気づいた限りのバス路線網を下記のようにメモしています。

100万都市で、複数のバス会社による路線が絡みあう状態で、路線網を1から把握していく(組み立てていく)のはハードルが高いので、こうして少しずつ取り掛かっています。


2011/09/25

平川駅周辺【改訂前】
11/09/25の改訂 平川駅周辺

平川駅周辺【改訂後】
11/09/25の改訂 平川駅周辺【After】

多少の問題があった平川駅周辺を改訂中です。

今回のBefore/Afterでは、バス停、店舗名、信号名を追加しています。しかし今回の大きな変化は…駅舎の位置が間違っていたのを訂正したことです。長くなりますが、以下の経緯になります。

平川駅を東西に結ぶ鉄道は元からありましたが、北方向に伸びる路線(西京とつながる路線)は、今こそつながっているものの、以前はつながっていなかったことになります。長い間、両線とも同じ中村電鉄の路線ではあるものの、発足当時は別会社で、平川駅も別で作られた経緯が地図から読み取れます。路面電車の地下区間(これも地味に見所)に、「平川柳町」という電停があるあたり、「YANAS」という商業施設がありますが、これが西京方面(北方向)に伸びる鉄道の始発駅、旧・平川(柳町)駅です。

それ以前からあった東西の路線上に、旧「平川駅」が平町(4)付近にありました。その後、北に伸びる鉄道との接続のため、平町(1)付近に「平川柳町駅」を開業します。ただ、乗り換えのために作られた、仮設ホームの小さな駅でした。平川駅以東は、この先路線が50km先に続き、沿線もベッドタウンとして開発が進んでいましたが、西京方面と直通すれば大きく利便性が向上し、利便性も高くなります。このことから、両線の接続工事を行い、地下を掘ってつなげます。

ここで旧図には問題があります。この時点で、西京方面に直通していた平川(柳町)駅はなくなります。当然反対運動が起こってもおかしくありません。その見返りもなく、東西の路線上の平川柳町駅も消えているというのは、経緯を考えるとどうしても成り立たないのです。

両線が直通する前の平川駅は、おそらくホームは少なかったハズです。2〜3番線まである程度で足りていたはずです。両線が直通すると、最低ホームは2つ、4番線まで必要になるので、駅そのものの拡張が必要になります。旧駅の場所で拡張するのも、旧駅を移転・拡張するのも同じ手間であれば、平川駅と平川柳町駅を統合した方が良いことになると思います。

こうして平川駅は、柳町寄りに移転し、旧・柳町部分に「柳町口」を開設することにより、旧柳町駅利用者の利便性を担保するというものです。

厄介な説明でしたが、そんな訳で、平川駅の測量ミスを訂正しました。

ホームは2つですが大きな屋根で覆われているので(今の大阪駅のような…)、上から見ると屋根は1つです。この直通・移転工事は1980年頃に完了しましたが、多少先進的な駅舎なのではないでしょうか。なんでそうなったのかは私もよく知りませんが、ホームの西端は、北方面に進む路線(この先すぐに地下に潜って立体交差する)の乗り場と、西方面に進む路線(立体交差して地上を走り続ける)の乗り場に段差をつける必要があり、同じホームの中に御茶ノ水駅以上の階段が設けられています。ホームの屋根に段差がつくと厄介なので、えい、やぁ…!と全て覆ってしまったのではないか、というのが私の推測です。


2011/09/08

110908 新中村ニュータウンの全貌
ほら来た…こうして無尽蔵に広がっていく…。
この地域は、2005年版では描かれていなかった部分です。先に2005年版の部分を改訂すれば良いものを…というところですが、実はここ、2010年に手書きで描いていた部分です。細かいところを描くにも、周辺部(ここではニュータウンの全体像)を把握した上で書けるものです。周囲にどんな人がどんな風に住んでいるかによって、中心地の人の集まり方は変わってきます。というわけで、2010年版を簡単にトレースしてみました。


2011/09/06

110906 進捗状況 瑞山・北陵
ニュータウン計画に反対した地区の住宅街です。2005年版でもそのコンセプトで描いていましたが、その割には公園が多かったこと、住宅地内外を結ぶ道が、細い道1本であまりにも意地悪だったこと、そもそも複雑な形をした傾斜地のディテールを出し切れていなかったので、再描画しました。

ちなみに瑞山ガーデンシティは中村電鉄の開発のため、ここにはバスが通ります。
瑞山町のほうは、道が狭いためバス路線が通っていません。バス路線を通してほしいという運動はありますが、果たしてバスが通らない理由が「道が狭いため」だけなのでしょうか…。経緯がいろいろありそうです。

110906 中村市の地図 全体の進捗状況
さて、これで2005年版の地図エリアの半分はカバーできた模様です。
問題は、計画的に地図を描ければ良いのですが、「えっ!?」という方向から作ってしまうことです。
1つのPDF(A4サイズ)の枠のどこかが不完全なまま、他の地域に手をつけてしまうことが多く、地図の改訂が終わらないしなかなか更新できないな…というジレンマに襲われることとなります。


2011/08/25

110825 有木区改訂中-before

110825 有木区改訂中-before
有木区新中村・有木・内畑付近です。
道路の描き方の粗さを、微修正…と思いましたが、結局全て直すことになってしまいました。。


2011/08/06

110806 更新情報 平川区(南東部)の全貌
平川の旧河道の再開発(ヒラリバプラザ等)が完了しました。
広善公園は公園内の道路を描き、官庁街も正平橋地区に集中させた上で、それぞれの形をより詳細に描くこととしました。
中村駅前には、元電気製品工場跡地の再開発(商業・オフィス・住宅)が広がり、その南部の細かい区割りは元社宅街となっています。
これで一山越えたのではないでしょうか。


2011/07/21

110721 更新情報 (平川区 中心部)
中村市の中心部、平川区の描き直し作業がほぼ完了しました。
2005年版では平川区・正平区の2区になっていましたが、あまりにも両区の面積が狭かったために平川区として統合、小さいながらも城下町であり、古くからの街道の分岐点であった街並みを再現するため、もともと碁盤の目ではなく、多少鍵状の道路網だったことを再現するため、道路網・町割りは全て見なおしております。
あとは平川の旧河道部分の再開発になります。