空想地図を描くまで (〜1991)

日常の断片をつなぎ、知らない世界へいざなう地図。
日常の延長線上にあった路線バストリップ
5歳まで、横浜駅至近の幹線道路沿いに住んでいましたが、
そこは、路線バスが頻繁に通るところでした。

5 亀甲山(かめのこやま)、62 千丸台団地、68 滝頭、92 笹山団地、202 循環外回り…
普段からこれらのバスを何度も見かけるので、覚えてしまうのです。
そして週末になると、父がこのバスに乗って終点まで連れて行ってくれるのでした。

ただ、終点まで行って帰ってくるだけです。
しかし、いつも横浜駅~自宅の狭い範囲(徒歩15分程度)の中で、身近に見たり乗ったりしていたバスの車窓は、数十分経つと、私の知らない世界の風景を映しているのです。空気も違います。

上に挙げた行き先は、結局全部行きました。
特に距離の長い路線は、途中から沿道の建物が低くなり、やがて建物が少なくなり、緑が増えてきます。これは気分転換になるとともに、広い世界を全身で、イメージ掴むきっかけでもありました。

バス路線図が、広がった日常と日常をつなぐ。
そして…

我が家に1枚の紙がやってきました。
横浜市営バスの路線図(1989年版)です。
路線図によって、今までの風景のストーリーが、俯瞰で見える視点ができます。
そして、世界はもっと広いことを知って、他の所にも行きたくなってきます。

現在の横浜市営バスの路線図は、世界的に見ても引けを取らないデザインですが、
当時のものは、どの路線がどの道を通っているかが分かりにくい、1本線で描かれた白黒のものでした。

翌年、1990年の夏。
両親の帰省に連れられて、鹿児島市にいたとき。
鹿児島市営バスのカラフルな路線図がやってきました。
全ての路線が違う色で描かれ、それぞれの路線が1本の線で描かれています。
鹿児島市営バス 路線図 (1990年)
市街地に来ると20以上の線が集まります。

この「ほぼ全ての路線が集結するダイナミックさ」は、
実際の「賑やかで、バスが多く発着する天文館(市街地)」の風景と重なります。

鹿児島でも、多くの路線に乗りに行ったのでした。

さらに、5歳の頃(1990年)、横浜から東京都日野市に引越し、
東京都全体の全路線バスが掲載された「東京都バスルート・あんない」がやってきます。

これは、東京都全体の全社のバス路線が描かれており、
さらに世界は広がるのでした。

日常のリアリティを映す、10000分の1の都市地図へ。

しかし、バス路線は街と街をつなぐ一種の乗り物に過ぎない。街そのものを掴むためには、路線図だけでは足りません。街の全てを映すもの…それは都市地図でした。
 シティマップル(東京都23区)1990年頃

我が家にやってきたのは、昭文社の「シティマップル」です。正確にはシティマップルの前身「都市詳細図」がきっかけでしたが、その後の「シティマップル」は、東京都多摩地区、東京都23区、神奈川県の3冊を揃え、ショッピングセンターや商店街の形や位置から、どう賑やかなのかが気になり、実際に行く機会があった際にその印象と重ねていく、ということが1つの楽しみとなりました。